感じるために生まれてきた人もいる。水星座と境界線。
- 3月26日
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人間関係において、「健全な境界線を設ける必要」というのは、
今や多くの人が感じていることと思います。
特に冥王星が水瓶座に滞在する昨今、
「個」を重んじる風潮には、ますます強い追い風が吹いているように感じます。
「あなたはあなた。私は私。」
境界線は、精神的な自律と安定をもたらし、
何より互いを尊重するための「健やかな領域」を守る手段です。
ところがです。
先日、主要天体の多くを水星座に有する(小惑星含めるとさらに)、
自称「水浸し」の友人と話をする機会がありました。
「こんなに水浸しなのに、感じないとか無理。感じる為に生まれてきたのに!
どうやって境界線って設けたらいいのよ。」
と、彼女は言います。
ごもっともです。
水星座の本分は「感じること」ですからね。
仮に境界を設けたところで、内外から押し寄せる激流がやってきたのならば、
たちどころに、境界など押し流されてしまうでしょう。
溜めこめば暴れ出すのも水の質。
すべてを洗い流し浄めるのも水の質。
常に流れ、変化していくことを知っているのも水の質。
そうであるのなら、
いっそ、境界線など窮屈な枠組みなど手放して、
「私はこの地球を循環する、水蒸気であり、海であり、川であり、氷河なのだ」
と捉えてみてはいかがでしょうか。
数多ところに偏在する自分に、境界など見えるはずはありません。
そんなふうに視点を変えてしまうのも、一つの賢明な処世術ではないかと思うのです。
水の質が強い方が、境界線を設けにくいのは、それも一つの特質です。
「境界線をどう引くか」に苦心するよりも、
「自分という流れを、いかに清らかに、穏やかに保ち続けるか」。
そこに意識を向けられたとき、
あなたの持つ「水の質」は、より一層輝きを増していくように思います。
